武田鉄矢
海援隊 ベストアルバム発売に寄せて
海援隊のベストアルバムに並んでいる曲は、自分が歌と一緒に旅を始めたばっかりのまだちょっと足の弱い、タフさの無い旅人だったと思います。そして“歌と一緒の旅”に対する思い入れが強かった時期の曲です。
運命的なものと言いますか、作詞家・武田鉄矢の人生の曲がり角みたいなものを詞曲にしたい、という思いが強かったですね。
このラインアップを見ると、やっぱり「故郷未だ忘れ難く」、故郷を離れて3,4ヶ月で出来た歌なんですけど、望郷と言いますか、東京の一人暮らしの切なさみたいなものがどの歌の中にも一杯にこもっているような気がしますね。だから自分で聴くと、当時住んでいたのは下宿の間借りでしたけど、下宿の部屋のにおいがするようなものばっかりですね。
その暮らしている下宿の中で、思うところがあって。母親にわがまま言って旅をさせてもらっているという思いがあったものですから、「母に捧げるバラード」を書きました。この1曲で大きく運命が変わるんですね。あてどの無い旅を始めたような不安のようなもの、その不安を懸命に忘れまいとしている自分というものが、懐かしく、切なく迫ってきます。
ベストの中で、「ここからどこへ」という曲がありますが、これは博多で作った曲です。いよいよ東京へ行って、歌と一緒にこれから日本中を相手に旅をするんだって決めた時に、街角の風に吹かれながら「♪ここからどこへいくのか〜と」というフレーズが沸いてきて、それを詞曲にしたんですが、そのあてどなさというか不安というのが、あれから何十年も経っても時々フッと口をついて出てくる時があります。そういう意味では、スタートしたばっかりの、振り返ろうとしても故郷しか見えないという、“旅立ち”のラインアップなんです。それぞれ1曲ずつが、とても懐かしい歌ばかりです。
当時のエピソードと言えば、僕らは福岡の天神にあったフォーク喫茶「照和」って店に出入りしていて、その仲間たちが続々と東京に出かけていく。それで広島では吉田拓郎という、天才的なシンガーソングライターがいて、日本中を席巻している、本当に70年代のフォークソングの風が吹き始めたばっかりの頃でした。そういう風に乗っかって自分たちも東京に行こうっていう決心をしたんですね。それが物凄く重大な決心だったのですけど、福岡に友達がいっぱいいて、それを振り切って東京に行く夜汽車、そのころは夜汽車ですからね。飛び乗った時のあの思いっていうのは、何か未だに思い出の中でも一番輝いてる一夜ですね。しかも誰からも拍手も受けず、東京に行けば良いことがあるって、かたくなに信じられた自分っていうのが、若気の至りとは言え、痛々しくも、可愛らしいなぁと、思うんですよね。
そのあと僕らは、エレックレコードの所属だったので、先輩の泉谷しげるや古井戸に連れられて「唄の市」という、コンサートツアーに出かけるんです。非常にたくさんのお客さんを動員するコンサートだったのですが、やっぱり粗いのと、それから強烈さが無いと生きていけないって言いますか、もう、個性的な人ばっかりでしたから塗りつぶされてしまうんですね。僕らの持ち時間は大体15分〜20分ぐらい。ただ先輩の泉谷しげるっていう人がある日突然、20分だったのを「30分やってみろ」って時間を延ばすんですね。それで毎日必死になってやってたんですけれど、受けないんですよ。それがどのくらい切なくてつらいことかっていうのがすごく骨身に沁みましたよね。
ずっと苦労して1年後くらいにやっと「母に捧げるバラード」がヒットしたりして、2年目の後半ぐらいには、ステージで「あなたへのロック」という、アルバムの曲を歌ってお客さんを沸かせてた時に、とあるコンサートスタッフから、「お前たち出来たな」って一言もらったんですよ。それは30分のステージだったら、強烈さにおいてお前たちは他のフォークシンガーたちに伍して行けるという、言わば免許皆伝をもらったときの嬉しさは忘れませんね。
それから、いいステージはなかなか踏ませてもらえない。
渋谷の道玄坂のど真ん中の、坂道の途中みたいな場所で路上ライブをやってて、すごく自分が手ごたえを掴んだって思ったのは、道玄坂を行き来する通行人が、全員立ち止まって、歩道までお客さんが溢れてしまったという時ですね。
それから同じような路上で歌っている最中に、正面でビル工事をやってて溶接で火花を散らしてるお兄ちゃんたちが、全員鉄骨の上にすずめのようにズラーっと並んで自分たちのライブを40〜50分、聞いてくれたんですよね。その時がありありと自分の中で、ステージっていうものの魅力を感じたのと、のったら「負けないぞ」っていう気力みたいなものが沸いてきた瞬間でしたね。それは未だに自分のベーシックなもの。もう30年超えてますけれど、培われた、自分の中の大事な地下水脈みたいなものだと思ってます。
この海援隊ベストで並んでいるこの曲目で、僕たちは70年代のライバルと一生懸命戦ってました。大きなヒット曲は他のシンガーと比べて少ないかも知れないけど、これが自分たちの、唄という船と一緒に旅をする“風”でした。
今こうやって曲のタイトルを見ると、これでキャロルと戦い、先輩の泉谷しげるの前座を何とか務め、吉田拓郎という巨大なフォークシンガーの前座もこの曲目で戦ったのですが、よくぞ戦ったりっていう万感の思いがこの曲目にはあります。
当時の曲作りに関しては「歌にならずに捨てられた言葉」というものを、フォークの中で歌ってみたいという狙いがありました。例えば「故郷未だ忘れ難く」なんていうのは非常に古文調の言い回しを歌に盛り込んでみたいとか。それから「荒野より」というのは、これはバイブル、つまり聖書の一文句なんです。「あなたへのロック」は、旅一座の、股旅者の旅がらすのせりふで、「しがねぇもんだ〜」と古い言い回しをあえてフォークの中で使うという、新しいフォークの言葉作りがこの初期作品の中には溢れてます。
それから「ほととぎす」は、井上陽水さんからのプレゼント曲で、名曲だなぁって思ったんですが、最初もらったときは「ラブソングが良かったな」と正直思ったりもしました。はっきり言いますと陽水さんの方が上手ですね。同じ曲を陽水さんも歌われてますけど。いずれにしても、自分たちだけの表現を必死になって求めていたような、そんなベストアルバムです。
海援隊/ベストアルバム(2枚組)
武田鉄矢、中牟田俊男、千葉和臣からなるフォークトリオ“海援隊”のエレック時代の名曲を、2枚組に新たに編集したベスト盤!日本の歌謡史に残る名曲「母に捧げるバラード」をはじめ、心に沁みる名曲を多数送り出した海援隊の黎明期を堪能出来るベスト盤。
■武田鉄矢による、今回のベスト盤、そしてエレック時代の海援隊に寄せた本人解説を特別に収録予定!
- ほととぎす
- 僕疲れたよ
- ここからどこへ
- 故郷未だ忘れ難く
- さすらいの譜
- あなたへのロック
- 節子への手紙
- 荒野より
- しぐれ坂ブルース
- 君のお家が遠くなって
- ミスターポ-ズマン(かっこうばかりの野郎)
- さよなら
- 母に捧げるバラード 他全19曲収録
